「視点・論点」原稿
「マンションのすぐ南側に、別のマンションが建って、もとからあったマンションに日が当たらなくなる」。このような事態が全国の商業地域で問題になっています。そうしたなか、先日、この問題についてシンポジウムを開催しました。私の所属する日本建築学会の小委員会が主催しました。建築学会の会員だけでなく、一般の方々もたくさん参加され、こうした問題に対する関心の高さを実感しました。
なぜ、このような問題が起きるのでしょうか。今日はそのことをお話しながら、建築と環境の問題を研究してきた研究者の視点から、こうしたマンションの日照問題解決の糸口を、探りたいと思います。
まず、写真をご覧下さい。
これは首都圏の、ある商業地域で撮影したものです。少し見づらいですが、このマンションのベランダはここにあります。このベランダは南向きです。ここに、ふとんを干してあるのが見えますが、このベランダのすぐ向かいに、このマンションが後から建ちました。
「太陽の光が直接当たること」、つまり、直射日光が当たることを「日照」と呼びますが、このマンションの日照時間は非常に短いわけです。
別の写真を見てみましょう。
これも首都圏の、ある商業地域で撮影したものです。三つのマンションが並んで建っています。ここに、南向きのベランダがありますが、このベランダのすぐ向かい側に、このマンションが建ちました。さらに、このマンションのベランダのすぐ向かい側に、このマンションが建ちました。この二つのマンションの日照時間も非常に短いわけです。
それでは、なぜ、このようなことが起きるのでしょうか。
私は先ほどから「商業地域」という言葉を使っています。「用途地域」といって、都市計画法に基づき、地域ごとに建物の用途を制限する規定があります。商業地域は、この用途地域のひとつです。商業地域とは、法律の言葉を引用しますと、「主として商業その他の業務の利便を増進するための地域」とされています。つまり、商業地域とは、店舗やオフィスが建ち並ぶ地域、ということになります。
したがって、商業地域では、高層ビルが建てられるようにするため、容積率の最高限度が高く定められています。これが商業地域の第一の特徴です。
商業地域の第二の特徴は、日影規制が適用されないことです。「日影規制」とは、高い建築物の日影が、周りの敷地に長時間かかることを防ぐ規制です。低層住居専用地域や中高層住居専用地域など、主に住居系の用途地域で適用されています。この日影規制が適用されない、というのが商業地域の大きな特徴です。
「法定容積率が高い」「日影規制がない」ということで、高層の店舗やオフィスが建ち並ぶことになれば、まさに商業地域としての利便性は高まりますから、こうした特徴も商業地域という用途地域の目的にかなっているといえます。
商業地域などの用途地域指定、つまり、どこの地域をどの用途に指定するかを決めるのはそれぞれの地方自治体です。実際、商業地域は都心部や駅の周辺などに指定されています。それでは商業地域の現状を見てみたいと思います。
この図は、首都圏近郊の、ある商業地域を私の研究室で取り上げ、すべての建物の用途を調べた結果です。この太線が商業地域の範囲です。ここにJRの駅があります。この駅の周辺の非常に広い範囲が商業地域に指定されています。
びっしりと並んでいるこれらの小さな四角は、ひとつひとつの建物を表しています。そのうち赤く塗った建物は、店舗やオフィスです。駅を中心とした場所に店舗やオフィスが集まっています。そして、その周りを取り巻くように、青く塗った建物があることがおわかりになると思います。この青く塗った建物が何かといいますと、これらは「住宅」です。
この図では、マンションやアパートなどの集合住宅と、一戸建ての住宅の両方とも同じ青色で表示していますが、法律では、商業地域でも住宅を建てることができるのです。実際、この商業地域には住宅がたくさんあることがわかります。
先ほど申し上げた商業地域のふたつの特徴、つまり、「法定容積率が高いこと」それから「日影規制がない」ということは、商業地域のすべての建物に適用されます。住宅も例外ではありません。そこで、高層のマンションを、日影規制を受けずに建てることができるのです。その結果、最初にお見せした写真のように、マンションがくっついて建つ、というケースが起きるわけです。
それでは、商業地域に実際住んでいる人は、住まいの日照をどのように捉えているのでしょうか。私の研究室の研究成果をご紹介したいと思います。
埼玉県にあるJR川口駅周辺の商業地域を取り上げました。川口駅は東京駅から電車で三十分ほどの距離にあります。この町は鋳物産業で有名です。近年は工場の多くがなくなり、その跡地にマンションがたくさん建っています。この商業地域のマンションに住んでいる人を対象としてアンケートを行いました。
まず、アンケートで「あなたは住まいの日照に満足していますか」と聞きました。回答は「満足」「やや満足」「どちらでもない」「やや不満」「不満」の5段階で答えてもらいました。
次に、アンケートに回答した人の、住まいの日照時間をコンピュータで計算しました。一年で太陽が最も低いのは冬至の日ですが、この冬至の日における、ベランダに面した窓面の日照時間を、回答者ひとりひとりの住まいについて計算しています。そして、日照の時間数別に、回答者の満足度の比率を集計したのがこのグラフです。
「満足」と「やや満足」を足したものを「満足側」と呼び、「不満」と「やや不満」
を足したものを「不満側」と呼びますと、住まいの日照時間が長くなればなるほど、満足側の回答が増える、という傾向が見られます。
特に、ここに注目していただきたいのですが、冬至の日の日照時間が5時間以上になると、満足側の回答が半数を超える、という結果になりました。
このアンケートを始める前に私はこう予想していました。「商業地域のマンションに住んでいる人は、『駅に近いなど便利であれば日照はいらない』と考えているのではないか」というふうにです。しかし、アンケートの結果は予想に反していました。アンケートの対象とした、この商業地域のマンションに住んでいる人は、住まいの日照を求めていたのです。
ひとくちに「商業地域」といっても、東京や大阪など大都市の都心部、それから、その近郊の都市、また、地方都市とでは状況が異なっています。それぞれの商業地域の成り立ちや状況を踏まえながら、その地域に建つマンションの日照を守るため、地方自治体の条例のような形で、何らかのルールを作ることが必要ではないでしょうか。
にぎわいのある商業地域は、地域の経済発展にとって大切な場所です。一方、マンションなど集合住宅は、人々が都市に住む上で、欠くことのできない住宅形式だと思います。
今日お話したことに日頃かかわっていらっしゃる方は、全国にたくさんいらっしゃると思います。住宅を安心して買ったり、借りたりすることができ、安心して住み続けることができる。そのような都市居住の実現を目指して、関係者が、様々な立場からアイデアを出し合う。そうやって、この問題の解決に取り組んでいただくことを願っています。
以 上